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友人、恋人、下僕、お好きにどうぞ。番外編「恋人から家族に。元妖精の悩み」

「はぁ?」
 聖堂(ひじりどう)の店内に素っ頓狂な声が響いた。
 声の主は、ここの店主だ。
 長くてさらさらとした髪の毛を後ろで結い、年がら年中着物で過ごす。しかもそれが似合っている優しい目元が印象的な男だった。
 そしてその目の前に座る、プラチナブロンドの柔らかそうな髪の毛と、長いまつげに囲まれた青磁色の瞳の、どこから見ても綺麗な顔の男の子が、顔を真っ赤にしていた。
「今、なんて言いました?シエル」
 もう一度店主が聞き返すと、シエルはさらに顔を赤くしてもごもごと口を動かす。
「しっかり言わないと、お前を焼きますよ」
 店主の少し声を抑えた言い方に、シエルは一気に顔を青ざめさせて震えあがる。
「いや、…だから…その…凜子さんが…」
「凜子さんがなんですか?」
「…を、希望されていまして…」
「だから、はっきり言いなさい」
 いつもが穏やかな店主のいら立つ声に、シエルは意を決して(?)声を張り上げた。
「り、凜子さんが子供を欲しがっているんですっ」
 言い終わった後、シエルは一気にがっくりと項垂れた。
「ほう……子供ですか」
 店主はやはり先ほどの言葉が自分の聴き間違いではないことに、小さく驚いた。
「それで、ご主人に聞きたくて」
「聞きたい?」
「はい…。元々妖精だった僕と、人間の凜子さんの間に子供はできるんですか?」
 シエルの言葉に店主は少し考える。
「さあ、どうでしょう?」
 そう言って笑った店主の顔は、草原でも似合いそうなほど爽やかなものだ。それにシエルはなぜか黒い悪意を感じる。そして困り果てた顔になる。
「どうでしょうって…僕を人間にしたのはご主人じゃないですか!」
「確かに、お前を今の姿にしたのは私です。それが何か?」
 ニヤニヤと意地の悪い顔で店主はお茶を飲む。
「それが何かって…。だから相談に乗ってもらいたくて来たのに」
 妖精の時と何ら変わりない気弱で純粋な瞳にジワリと涙が浮かぶ。
 これは。やりすぎましたかね…。
 店主は真剣に悩むシエルに向かってクスッと笑いかけた。
「私も、妖精を人間にしたのは初めてです。ですが、寿命を合わせ、身体能力を合わせ、人間が魔法と言う力を封じて、体の作りも人間そのままにしたつもりです」
 だから、何も心配なんていりません。
 店主は子供に言い聞かせるように、穏やかに笑った。
「ただ、子供は授かりものですからね。いつできるかなんてさすがに私でも分かりかねます」
 店主の言葉に聞き入っていたシエルは、大きく息を吐いて、花の咲くような笑顔を見せた。
「良かった…。できる可能性があるならそれだけで十分です」
「そうですか。私もたまには役に立つでしょう?」
「はい」
「シエル、そこは『いえいえ、いつも役立っています』と言うところじゃないでしょうか?」
「あ…すみません」
 店主の押しつけがましい言葉に、シエルは素直に反省する。そんな姿が店主には面白くてたまらない。
「さあ、そろそろ帰りなさい。私も今晩は用事があって早く店を閉めたいんです」
「すみません。それじゃ、失礼します」
 さっと立ち上がったシエルは、深々と何度も頭を下げて店を出る。
 店主は人間になって一年ほどたつのに、変わらない低姿勢のシエルに小さく笑って
「またくだらない悩みが出来たらおいでなさい」
 と手を振った。


 シエルは帰り道、小さなペットショップの前を通りかかった。いつもならそれほど気にはしないのだけど、今日は一匹の子犬が目に入った。
「…………」
 ガラス越しに目のあった子犬に、何となく感じるところがある。そしてほぼ何も考えないままにシエルは店の中に入った。


「シエル…この子、どうしたの?」
 凜子は帰宅して目を丸くした。
 出迎えに来てくれたシエルが、フワフワした子犬を抱きしめていたから。
「新しい家族です」
「家族?」
 凜子は子犬に目を細めて、その鼻先をちょんちょんとつつきながら聞き返した。
「はい。僕と凜子さんの新しい家族です」
 満開の笑顔で言ったシエルに対して、凜子は少し困った顔になり、
「でも、ここ…ペット禁止だよ」
 と言いにくそうに言った。
「へ?…………えええぇぇぇっ!!」
 青磁色の目玉が落ちそうなほど驚愕したシエルはその場に座り込んでしまった。
「そうだったんですか…知らなかった。せっかく凜子さんと僕の家族が増えたと思ったのに…」
 あまりの落胆ぶりに凜子は可哀想と言うより、おかしくて笑いが出てきてしまう。
 しゃがみ込むシエルに合わせるように、玄関に立っていた凜子は座り込んだ。
「じゃあさ、ペットの飼えるとこに引っ越そうか」
「え?」
 今度はシエルが目を丸くした。安直な提案と、凜子の可愛い笑顔に。
「だって今更この子を返すことなんてできないし、二人で暮らすには狭いでしょ、ここ。少し前から考えてたことだったから、ちょうどいいんだよ、これで」
 凜子は子犬の頭を撫でて、そのままシエルの頭も撫でる。
「本当にいいんですか?」
「うん。いいよ」
 シエルの顔にまた笑顔が戻る。凜子の大好きな笑顔が。
 シエルには自覚はないけど、凜子は相変わらずシエルのこの笑顔が大好きでたまらない。宝物だ。
 シエルが好きで、一緒にいたくて、同じ時間を過ごして幸せで、このまま家族になれたら。
 そんな凜子のささやかな願いを、シエルは、少し形は違うけど叶えようとしてくれた結果なのだから、ありがたいし嬉しい。
 嬉しくて凜子はシエルの手を握った。
「ありがとうね、シエル」
「はい…。凜子さん」
「なぁに?」
「いつか、僕たちの家族も作りましょうね」
 シエルは天使のような笑顔でそう言った。


 おわり
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