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黄金色の愛情 (3)

「これは………」
 コウは言葉の続きが出てこない。ただ目の前の聖の姿を見つめるしかできなかった。
 顔と右腕のあまりにも変わり果てた様子に瞬きすらも忘れるほどだ。
 それは絵などではなく、しっかりと肌に刻まれたものだ。一昨日聖がコウの家に来たときには、勿論そんなものはなかった。この二日で人の手で彫るのは不可能だ。
 しかも、腕の龍は真っ黒な鱗の、禍々しく、とても神聖なものには見えない姿。
 かなりの時間が過ぎた後、
「黒龍(こくりゅう)…ですか」
 今にも浮かび上がりそうな龍を見てコウは呟いた。
「先生…驚かせてしまってごめんなさい」
 聖は初めて見たコウの表情に頭を下げて謝った。
「いいえ。私の方こそ、失礼な態度を取ってしまってすみません。…これは、いつ?」
「今日の朝です。起きたときにはもう…」
「なぜこんなことに?」
 コウの言葉に聖は俯いて黙り込んだ。
「教えてはくれませんか?」
 コウは、龍の顔を隠すように、両方の手で聖の右手を包んだ。
「…私は、竜神様の元に輿入れをするのです。これは…その証です。竜神様のものであると、皆に分かるように竜神様がお付けになると聞かされています」
 竜神に輿入れ?
 コウは耳を疑った。何をどう言えば輿入れになるというのだ。明らかな「贄」ではないか。
 しかも黒龍とは…。
「貴女は、輿入れの意味が分かっていますか?」
 コウは少なからず動揺を引きずっていた。でもそれを隠すように、いつもよりゆっくりとした口調で聖に尋ねた。
 聖は俯いたままで、大きな涙の雫を膝に落とす。
 それが答えだった。
「でも、それはもう運命だと受け入れています。ただ、体の変化に驚いただけで…もう少し先だと思っていたんです。この印が浮かぶのが…」
 パッと顔を上げた聖の目には嘘は見られない。きっとずっと前から自分の運命は知っていたのだろう。 ただ、輿入れの意味と印に不安定になってしまった。ということだろうか。
 コウは立ち上がり、聖に尋ねる。
「お社を見ても良いですか?」
「………それは構いませんが。私もご一緒します」
 そう言って立ち上がろうとする聖を優しく制した。
「貴女はここに。それと少し眠りなさい。とても疲れた顔をしています」
「ですが…」
 躊躇う聖にコウは再び言う。
「後で薬を調合しましょう。気持ちが落ち着くように。ですから、いい子で待っていてくださいね」
 まるで幼子に言い聞かせるように言われて、聖は目を丸くして、それから唇を尖らせて拗ねた。
「先生は本当に私を子供扱いし過ぎです」
「言ったでしょう?私から見れば貴女はまだまだ子供ですと」
 少しいつもの顔を見せた聖に、内心ホッとしながらコウは部屋を後にした。



 聖の棟の裏手から少し森に入った所に社はある。特別に大きくはないが、周りの木々は整えられ、ぽっかりと社が浮き立つように建っている。古さは感じるがこまめに掃除されいるおかげでさっぱりと見えた。
 コウはゆっくりと近づき、上から下まで何度も社を見る。正面からは特に目立つ影はない。
 そのまま、ゆったりとした足取りで社の周りを歩き丹念に見定めた。
 空気が、まるで違いますね。
 森に入った時からそれは感じていたことだった。暗い、淀んだ手触りの空気がコウの肌をざらりと撫でている。
「これは…聖は感じていたのでしょうか?あの子ならこのくらいは分かりそうなものですけど。それとも今朝からなのでしょうか…」
 ぶつぶつと言葉を零れさせるままにコウは歩を進めた。すると、一ヶ所気になるものが目に入る。
 子供くらいの背丈の染み、もしくは影が壁にある。それは何重にも重ねられたように見え、聖が言うように大きくなっているように感じる。
 コウはそこに立ち止まったまま、後ろを振り返った。木々の合間に、キラキラと反射するものが見える。
「池?」
 水面の反射が緑と混ざって美しく、この不愉快な空気すらなければ心地いいのにとコウは嘆息した。
 再びコウは壁に向き直り、両手をかざし目を閉じた。唇がわずかに動き何かを唱える。
 すると、コウの長い髪がフワッと風をまとい軽やかに動いた。やがてコウの手から淡い光が生まれ壁に注がれる。その光は人形(ひとがた)を飲み込み、パシッと弾くような音と共にふわりと消えてしまった。
 目を開いたコウは乱れた髪をかきあげ、
「やはり邪魔ですね、これ。…さて、これで少しの間出てこれないでしょう?」
 と、口調は優しいが聖には見せたことのない厳しい表情で言った。
 壁の染み、もしくは影は当然反応はしないが、先ほどよりも薄くなっていた。
 社の表側に周り、最後にもう一度眺めて、コウはその場を立ち去る。心のなかに少し苛立ちを感じながら。
 一度自分の家に戻ったコウは、聖のためにと薬を煎じた。あのいつも朗らかで明るい笑顔を思い出すだけで自然とコウの顔も緩む。
 本当に不思議な子ですね。私がお代も頂かないでこんなことをするのは稀ですよ。
 一人心の中で苦笑して薬を包み再び家を出た。
 夕暮れになり、道も木々も茜色の染まる。穏やかなこの時間はコウのお気に入りの時間でもあった。
 しかし考えるのは社と龍のこと。
 いつから輿入れなどと言う風習があるのか。確かに竜神を祀ることは珍しくない。
 しかしここの龍はかつての動乱の後、鎮められているはずで、言ってみれば永い眠りについているはずだ。それを聖たちの家系で見守っていると、以前聖の父が話していた。そのため聖が跡取りとしての勉強に社の手入れをしているのではなかったのか?そこでコウはふと疑問を灯らせる。
 …なぜ、聖は急に輿入れなど?
 それと、行方不明になった娘たちの事は無関係なのか?
 何もかもが繋がらず、当然結論も出なければ、スッキリとしない。
 思わず考え込んでしまって、気づかぬうちに足が止まった。
「しかし、本当に黒龍なんでしょうか…」
 聖の腕の刻まれた龍しか見ていないコウはまだどこか信じられないという思いもある。
 そして、コウの中にある記憶が甦る。遠い昔の、光と水の渦巻く記憶が。
 体の奥底から湧き上がるそれに、コウは無意識に苦々しい顔になった。
「とにかく、聖の父親に話を聞きましょう」
 小さくため息をついて夕焼けに染まる空の下、聖の家へと歩き出した。
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