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黄金色の愛情 (6)

 闇が深くなるころ、コウは社の前に立っていた。
 月明かりが奇妙な優しさを持って社をぼんやりと浮かび立たせている。
 先日よりも一層、濃くて淀んだ空気が蓄積されている。コウは胸の奥から這い上がってくるような不快感に眉を顰めた。
 気配も、かなり出てきましたね…。
 目の前の社に変化はない。しかし体の芯の部分で感じる気配はなかなか不気味なものだ。
「全く…年は取りたくないですねぇ」
 喉の奥で一人笑いながら社の裏手に回る。あの影を見に行くために。
 薄暗い中でも、それははっきりと見て取れた。
「やはり…あの程度では無理でしたか」
 コウが不思議な光で薄くした影は、それを嘲笑うかのように大きくはっきりと成長していた。
「あれから…10日は経ちましたからね。これも仕方ありません」
 そう呟くと、コウは直接影に両掌を当て、目を閉じて一気に集中力を高めた。コウの周りに風が生じてあの時のように長い髪の毛が踊る。
 それから瞬きをする程の後に、体から光が迸り辺り一帯が明るくなった。その光は両の掌から影に注ぎ込まれて、小さな落雷のような音を残して消えて行った。
「長様が貴方に食事を与えてしまっているから、元気がいいのですね。どうせこれもすぐに解いてしまうのでしょうが…私も悪あがきさせてくださいね。貴方とやり合うのは骨が折れますので…」
 そう笑って、コウは影に背を向けた。
 そのまま、奥にある池に足を向けた。
 近づくとそれは思っていたより大きなもので、豊かな水を貯え澄んだ水面(みなも)に月を反射させ美しかった。
 しかし水底は見えず、ぽっかりと、黄泉の国へ通じる穴のようにも見える。
「長様を許してさし上げてはくれませんか?」
 コウは池のそばでしゃがみ込み、穏やかな目で水面を見つめて呟いた。
「貴方たちのことは、きちんと供養します。ですから、次は幸せな人生を約束されて生まれてきて下さい。そうなるには、長様を許してさし上げて…今生に思念を残さないでくださいね」
 ここに沈められた娘たちに、コウは語りかける。勿論無理を言っているのも分かっている。だが、長もこの風習に巻き込まれた悲しい人間だと思うと、責め切れない。
 透き通る水を、そっと指で掬いポタポタと落とす。月の明かりを纏ったそれは宝石のように輝いた。
「先生…」
 後ろから聞きなれた声がコウの背中に投げられ、弾かれたように振り返った。
 聖が、そこに立っていた。大きな目を潤ませて、体を小刻みに震わせながら、コウのことを信じられないものを見るように。
「どういうことですか?供養とか。お父様を許すとか…」
 すでに何かを感じてる聖は、それでも否定したくてコウに詰め寄った。
「聖…なぜここに?それにあなたの気配を感じませんでしたが…」
 コウが人の気配を感じないなどありえないことだ。
「分かりません。ただ、目が覚めて月を見てました。そうしたら先生が見えて…」
 顔の模様と右腕の龍が月明かりに照らされて怪しさを持ってコウの目の映る。
「この模様のせいですか?これが…人ではなくさせているのですか?」
 聖に言っているというよりか、この少女の後ろに見える社に向かって言っていた。
「いったいどういうことですか!?教えてくださいっ」
 聖は自分の考えていることに押しつぶされそうになっているようだ。悲壮な顔でコウを見上げて叫びに近いような声で言葉を溢れさせた。
 コウは大きく息を吐いて、聖の手を取ってまっすぐ目を覗き込んだ。
「申し訳ありません。私の不注意であなたの心を傷つけてしまいました。…聖」
「はい」
「お父様を恨んではいけませんよ。怒ってはいけません。それと、あなた自身を責めてはいけませんよ」
 ゆっくりと、言い聞かせるような言葉に、聖は黙って頷いた。
 それでもきっと、身代りになった娘のことを知れば、あなたは涙を流して自分を責めるんでしょうね。
 コウは心の中に重くて冷たいものを感じる。この少女を困らせ、泣かせてしまうことを今から伝えると思うとどうにもやりきれない。
 この純粋な目を、どれほどの涙で滲ませてしまうのか。
「では、少し歩きましょうか」
 コウは聖の背中に手を添えて、森を出る。
 大きな屋敷の庭を、二人で歩きながら、長が聖を思うあまり犯してしまった罪を話した。何も隠さず、静かな声で話すコウを、半歩下がって歩く聖は黙って聞いていた。涙をぐっとこらえ、震える体を何とか抑えながら聞いている姿が痛々しい。
 18年前。聖のためにと、長が植えた桜の木が豊かな枝葉を夏の風邪に踊らせているのが、やけに悲しいと思いコウは眺める。
「長様は、あなたのことを愛している。愛しすぎて、苦しくて、してはいけないことをしてしまったんです。娘たちは、私が責任を持って弔いますから…どうか許してさし上げてください」
 聖は何も言わない。悲しみや怒りや罪悪感を押し込めるように歯を食いしばり、両手を力いっぱい握りしめていいる。
 でもその感情が出口を求めて暴れ回り、聖の食いしばった口から呻くような声が漏れて、涙が堰を切ったように溢れ出した。
 コウはその肩を優しく抱いた。
「泣いても良いんです。私は泣くなとは言ってませんよ。長様や自分を責めるなとは言いましたが、その感情を解き放たないと、それもできないでしょう?」
「せ、んせ……私…」
「今日は、泣きましょうか。たくさん、泣いてください。貴女が泣き疲れて眠るまで、私はともにいます。あ、今日は泣いても童とは言いませんから安心してください」
 気休めにもならない冗談を言って、コウは聖の小さな体を抱きしめた。
 細い体はそれだけで折れてしまいそうだ。聖はコウの腕を力いっぱい掴んで、胸に顔を埋めて声を上げて泣きじゃくった。コウの腕に痛みが走り顔を顰めた。見ると、聖は爪が食い込むほどにコウの腕をつかんでいた。コウは聖のしたいようにさせ、呼吸すらままならない背中をそっと擦る。
 この子は、こんなにも小さかったのですね。
 肩が、体が、声が震える。聖の体から発せられる泣き声を、コウはすべて包み込んでしまう。
 静まり返る月明かりの元で、本来ならば響き渡るような声で泣く聖を、コウは誰の目にも見せないように抱きしめて、たとえ月にさえも見せないように隠した。
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