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黄金色の愛情 (8)

 月夜に、コウと異形の者が向かい合う。青黒い光を天に向かって発する姿はお世辞にも神々しいものではない。禍々しい空気とその光のせいで、ここがのどかな村の一角だと忘れてしまいそうだ。
 コウはしばらく黙っていたが、やがて小さくため息をついて言葉をこぼれさせる。
「どのくらい経ちますかね…最後に会ってから」
 すると異形の者は長い指をこめかみに当てて、ふむ、と考えてニヤッと笑った。
「忘れました。私も長い間ここにいましたから」
「そうみたいですね。わざわざ手の込んだことをして贄をもらうなどと…なぜあんなことを?」
「あんなこと?」
 白々しく言葉を返され、コウの眉間に皺が寄る。
「娘たちに自分の印だというモノのことですよ。あんなことをする必要はないでしょう」
 コウの不機嫌な顔が面白かったのか、異形の者は喉の奥でくつくつと笑った。
「あぁ、あれですか。だって退屈じゃないですか。あんな狭い社の中に閉じ込められて。だから恐怖に歪む人間の顔を見たくてやったのですよ。私が力を蓄えて、あそこを出られるようになるまでの暇つぶしです」
 長い間、閉じ込められていた社をちらりと見て、更に妖しい笑みを深くした。
「本当にあなたは悪趣味ですね、黒龍」
 コウに名前を呼ばれて、黒龍はなぜか嬉しそうに笑った。残忍さと人を食ったようなそれにコウの眉間の皺がますます深くなる。
「前にも貴方は私にそう言いましたね。でも、私にとっては褒め言葉ですよ、それ」
「知っています、でも言わずにはいられません。私には到底理解できないことですから」
 コウはわざとらしく首を横に振って盛大なため息をついた。緩やかな風に乱れた髪の毛をかきあげながら黒龍を見据える。その目は笑っているようで笑っていない。
「私と貴方の趣味が合わないことくらいは知っているつもりです。ですから、ここは邪魔しないで頂けると助かるのですが…」
「そうできるものならしたいです。ですが、知ってしまった以上邪魔はします」
 黒龍の挑発するような態度にコウもいささか臨む態度をとる。
「失礼ですが…今の貴方に何ができると言うのですか?永久(とこしえ)の時間をただただ老いて行っているだけの貴方に」
 黒龍は明らかにコウを蔑んだ声で楽しそうに笑う。唇から垣間見える赤い舌がコウの癇に障って思わず小さく舌打ちをした。それが黒龍には何よりも楽しい。
「私もまだ捨てたものじゃないと思っているのですが。確かに、前とは違って少々分が悪いのは認めます」
「でしょう?でしたら、ここは素直に引いてください」
「それは無理です。貴方を野放しにした私の責任です。遠い昔、貴方の爪だけを落として、慈悲をかけた私の…」
 爪という言葉に黒龍は忌々しそうに眉を寄せ、自分の両手をコウの前にかざした。
「この姿では分かりませんが…そうですね。爪を落とされるなどという屈辱は初めてでした。あの時の私の気持ちがお分かりですか?」
「さぞかし悔しかったでしょう?五本ある爪を三本にされたのですから。青龍たちと同じ四龍の中にあって、身分を貶められて恥をかかされた……誰よりも自尊心の高い貴方には良い薬になったと思っていたのですよ」
 龍にとって爪は位を表すシンボルでもある。五本の爪は最高位の証、それをもぎ取られた時の黒龍がコウを見る顔は、屈辱と憎悪にまみれた醜悪なものだった。
コウの言葉に、今度は黒龍が長い黒髪をかき上げながらクスクスと笑った。
「それは貴方の見込み違いですよ。この私に反省や後悔等あると思いますか?あぁもしかして…あの頃から貴方は耄碌(もうろく)なさっていたのですかねぇ」
 コウの整った眉毛がわずかに動く。苛立ちがその目にありありと浮かんだ。それすら楽しむように黒龍は紺碧の瞳でコウを見つめた。
「そんな顔をしないでください。私とて貴方に嫌われるのは少しばかり辛いのですよ?あ、それとも、私のこの姿がお嫌いですか?」
 青黒い光に照らされる自らの体を見下ろし、黒龍はとぼけた。それから、
「では、これならどうですか」
 にっこり笑って黒龍はその姿を変える。
 薄い唇はふっくらとして艶やかなものに。平坦だった胸には張りのある豊かな乳房が現れ、引き締まった腰は見事なカーブを描く艶(なまめ)かしいものに変化した。
「いかがです?」
 先ほどとはまるで違った唇が発する声も、高くて扇情的だ。
 ずっと黙って見ていたコウは、長い腕を組ながら上から下まで黒龍を眺めて眉を顰めた。
「申し訳ありませんが、私の好みではありません」
 その言葉に、黒龍は「それは残念です」と悲しそうな素振りをして、直後ニヤッと笑った。
「貴方の好みというのは、あの女のことですか?」
「はい?」
「私の印を持つ者ですよ。あんな童が良いとは…貴方も酔狂な方だ」
 その言葉に一瞬にしてコウの顔が険しく怒りを滲ませる。思わず声を荒げたくなる気持ちをぐっと飲み込み黒龍に向かって歪んだ笑みを浮かべた。黒龍はどこまでもコウを小馬鹿にした目をしてくつくつと笑う。
「………酔狂なのはどちらですか。あの子を解放してもらいますよ。…いえ。あの子だけではなく、この村のすべてをね」
 コウの体が風をまとい光を生む。それを見た黒龍は逸る心を宥めるように息を吐いてほほ笑んだ。
 禍々しい光が消え、辺りが突然月の儚い光だけとなる。その中でも紺碧の瞳は更なる妖しさをもって輝き、コウの全てを喰らおうとばかりに見つめている。
「出来るものならご自由にどうぞ」
 黒龍の背後の池がざわめく。
「では、お言葉に甘えましょうか」
 コウの両掌に光が集まり凝縮されていく。それは瞬く間に大きくなり、激しいという表現が似合う光は白く辺りを照らし出した。
「私の言った意味がお分かりですか?『出来るものなら』と言ったのです」
 ざわめきたった池の水が何本もの柱となって黒龍の背後に現れる。
「えぇ、分かってますよ。私もそこまでバカではありませんから」
 コウの作り出す光が今にも爆発しそうな鼓動を刻む。
 コウも黒龍も、それ以上は何も言わず、薄い笑みを浮かべたまま見つめあった。
 さて、ここで負けてはあの子に会わせる顔がありませんからね。
 コウは静かに息をのみ、両手を広げ、目の前の光に力を込め黒龍へと放った。
 それを待ちわびていた黒龍が、一瞬のズレもなくコウへと水の柱を曲げ、鋭利な刃となったそれを突き刺した。
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