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黄金色の愛情 (9)

 光と水が、激しく交差しぶつかり合い互いの力を見せつけるように爆発する。
 黒龍の放つ鋭利な水の刃は八岐大蛇のように蠢きあらゆる角度からコウを狙う。コウはそれを笑みを含んだ目で眺め、体から発する幾重にも広がる光で弾き、黒龍めがけて返していく。黒龍もまた、返された自らが生んだ水の刃を眉一つ動かさずに蒸発させて消していく。
 それに伴い発生した風が、あたりの木々を薙ぎ倒す勢いで巻き上がり、場違いなほど穏やかな輝きを湛える月に向かって上昇した。
 鼓膜も体も、根底から震え上がらせる地雷(じがみなり)のような響き。
 その中に、コウと黒龍は一歩も動かず、髪一筋の傷すらない二人の姿が当たり前のようにそこにあった。
 互いが互いを面白そうに見つめ、総毛立つような穏やかさがあたりを包む。
「さすが、と言いましょうか。相変わらず貴方の光は癖がありますね。捻じれたような歪なような…それでいてとても精確で美しい。貴方の性格そのものと言ったところですか」
 女体に変化している黒龍は、その細腰に手を添えてコウを揶揄し優雅に微笑んだ。
「それは褒め言葉として受け取っておきます。これも、年の功というやつでしょう」
 コウも腕を組み直してその端正な顔に張り付いたような笑顔を浮かべる。
「年の功…確かにそうですね。貴方と私とでは格が違いすぎる、ですから私は、若さで貴方に勝りましょう」
 黒龍の挑戦的な色を浮かべた瞳に、コウは小さく笑った。
「若さで来られたら私は負けてしまいますよ。もうこの老体に無理はさせたくはありません」
 しかし言葉とは裏腹にコウの体に力と光が湧き上がる。いつも穏やかな笑顔を見せるコウの顔が猟奇的なのに典雅なものになる。先刻までとまるで違う雰囲気のコウに、黒龍は無意識に体に力を入れてしまったほどだ。
 自らを鼓舞するように、コウの髪の毛が舞い上がり体の輪郭を彩る。ほのかな淡い光が徐々に灼熱へと変わり一閃を生んだ瞬間、黒龍を襲った。
 すさまじい音と網膜を焼かれるほどの光に、黒龍が思わず目を庇ってとっさに作り上げた水の壁で自身を守る。視界と聴覚を同時に奪われ、黒龍は身動きが取れなくなりたまらず膝を折った。
 しかし、耳をつんざく爆発音と光が消える頃、コウは嘆息して目の前の光景を眺めていた。
「もう少しへたり込んでくれていると良かったんですが…さすがにあの時と違いますね」
 片膝をつき上がった息を整えている黒龍に向かって言うと、上目づかいにちらりと見られた。
「その老体のどこにそんな力があったのですか。かなり油断していましたから…効きましたよ」
 立ち上がりながら乱れた髪の毛をかきあげ、防御はしたものの主に傷を負った腕を赤い舌で舐めて黒龍は言った。その顔には楽しさと酷悪さが滲む。
 コウは黒龍の言葉に、ムッと不機嫌な顔をあからさまに見せた。
「老体だの老いているだのと………自分で言うのは構いませんが、人から言われるのはいい気分ではありません。目上の者を敬う気持ちはないのですか?」
「あればこんなこと言わないと思いますが。でも、敬っていますよ、四龍をまとめる存在だった貴方のことは…」
「だった…………そうですね。もう過去のことです。今の私はもうただの祈祷師ですから」
 そう言って、昔を懐かしむような目でコウは黒龍を見た。
 遠い記憶にあるのは、燦然と輝く鱗を持つ者たちだ。青にも緑にも見える眩い春のような鱗の、東方を守護する青龍。灼熱の炎を吐き、紅蓮の鱗を持つ南方を守護する赤龍(せきりゅう)。どの龍よりも速く天を駆けることが出来る白く輝く鱗が美しい、西を守護する白龍。
 そして、今目の前にいる漆黒の鱗と闇を纏う北の守護、黒龍。
 四匹の龍が天を縦横無尽に駆け回っていた時代を、コウは遠い目で思い出していた。
「あの頃が懐かしいですか?黄龍(こうりゅう)様」
 黒龍はからかうような声音で懐かしい名前でコウを呼んだ。
 黄金色の鱗を持ち、誰よりも大きな体をしたかつての自分。光りを放つその姿は強く激しく雄々しいものだった。
 四方を守る龍たちの、更にその中央を守る黄龍は最強の龍としても君臨していた。他の龍よりも寿命も桁外れに長く生きる……のではなく、死なない。永久に死ぬことはなく、年老いてただただ朽ちて行くだけだ。朽ちた果てた先に何があるのかはコウ自身分からない。それにもうどれほどの時間がコウの上を過ぎたのかも分からない程だ。
「もうその名前は私のものではありません。今は私の後の者がいるのですから」
「そうでしたね。貴方よりずっと若くて雄々しい……おや?」
 黒龍が言葉を宙に浮かせ何かを聞こうと耳をそばだてた。コウもその気配を感じて気を注ぐ。
 少しずつ近づいてくるそれにコウは目を見開いて息を呑む。黒龍がその顔を見て声を上げて笑い出した。
「これはこれは、なかなか勇ましいと言うか思慮が足りないと言うか…人間というのは愚かな生き物ですねぇ」
 楽しくて楽しくて仕方がないと言った様子で口元を抑えて笑う黒龍を一睨みして、コウは後ろを振り返った。
 足音と気配がどんどん近づき、折れた木々の間から見えたのは聖の姿だった。息を切らし髪も乱れた聖はコウを見てホッと息をついた瞬間、半身に鱗の模様を持った妖しい黒龍の姿に立ちすくんでしまった。
「聖。なぜ私の言うことを聞かなかったのですか」
 厳しいコウの声に聖は眉根を寄せ答えた。
「先ほどの音と風に…先生に何かあったのかと思うといてもたってもいられなくなりました………先生、あの方が…竜神様ですか…?」
 聖に視線の先を追ったコウは、赤い舌を覗かせて淫靡とも取れる笑みをこぼす黒龍を見て頷いた。
「残念ながら、竜神様ですよ」
 コウの言葉に黒龍は虚を突かれた顔を見せたが、すぐに居直るように言った。
「私も龍の端くれです。人間が奉っても何らおかしなことはないでしょう?」
「奉ると言う意味を、貴方は理解した方が良いですよ」
 一言言ってのけると、聖に向き直ったコウは真剣な顔で言葉をかける。
「ここは危ないので、すぐにお父様の元に戻ってください。本当はお送りしたいのですがまだ用事が済んでいませんので…」
「先生…本当に大丈夫なんですか?」
 聖の目に涙が浮かぶ。
「はい。私のことは心配いりません。だから…」
 言葉を続けようとしたコウは背後から迫る空気に弾かれたように振り返った。
 黒龍が大きな闇の波動をその体から発するのを視界に収めた瞬間、それは聖もろともコウを飲み込んだ。


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