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死神の愛を。 (3)

「先ほどのは挨拶代わりですか?」
 月が優しく照らす石畳の通り、聖堂の店の前で、黒衣の男を見かけた店主は厳しい声をかけた。
「あれ、あの場にいたんですか?」
 白々しく笑う死神、アンリの端正な顔は白く、夜の闇に良く映えている。癖のない前髪の間から見える青紫の瞳が楽しそうに店主を見る、それに店主は大きな溜息をついた。
「お前は本当に意地が悪いですね。私がいることを知っていてあんなことをしたんでしょう?」
 店の入り口を開けて店主が中に入り込むと、アンリも当たり前のようにそれに続いた。
「僕だってこんなことはしたくないんです。でも仕方ないじゃないですか。元はといえば貴方が悪いのですから」
 ほんのりとした灯りに照らされた店の中の古い者たちが、不機嫌な店主の帰りにびくっと神経を尖らせた。それを見たアンリはにやっと笑う。形のいい唇がクイッと弧を描き、喉の奥で笑っているのが、店主にはイラッとしたものに見えた。
「貴方が不機嫌でこの子達が怖がっていますよ」
「不機嫌?このくらいではまだ不機嫌とは言いません」
 店主はじろっとアンリを睨んで、上質な手触りの肩掛けを椅子の背にかけ、そのままお茶の準備をする。その姿はいかにも不機嫌で、背後には黒いものが見えそうだ。
「お前も飲みますか?」
 不機嫌ながらも、アンリを客として扱う店主は無表情なまま問う。アンリはそれに丁寧にお辞儀をしていただきますと言った。
 慣れた様子でお茶を入れる店主の指を、アンリはぼんやりと眺める。
「貴方の所作はとても綺麗ですね」
「はい?」
 店主がきょとんとしてアンリを見ると、その青白い整った顔があどけなく綻んだ。
「僕は貴方のことが好きなんですよ。その綺麗な顔も、指も、立ち振る舞いも。それに強いし、普段はとても優しい。それは分かっていてもらいたいです」
「それはありがたいですね。しかし、それとこれとは話が別です」
 店主がアンリの言葉に呆れながら、そっとお茶を差し出しいつもらしからぬ固い口調で返事をした。アンリは肩をすくめてくすっと笑い、椅子に腰を下ろして、温かなお茶を口にする。
 店主も自分がいつも座る椅子に腰掛けて、一口お茶を飲んだ。その様子をアンリはじっと見つめる。
「私は男性に見つめられるのは好きではありません」
 眉間の皺を深くした店主がアンリを見て言うと、アンリは面白そうに笑って、すぐ手元に置いていた自分の鎌を持った。長い薔薇の蔦が絡まる大きな鎌は、淡い照明を弾き飛ばすかのように輝く。
 アンリはその青白く美しい顔を刃に映し、妙に血色のいい唇の端をあげた。
「これで魂を回収するところを、お見せしたことはありませんでしたよね?」
「ありませんね。見たいとも思わないですけど」
 店主のつれない言葉にアンリは苦笑する。そして、自分の指先をそっと鋭利な刃に沿わせた。アンリの細い指先からじわりと赤いものが滲む。鮮やかな色はぷっくりと盛り上がり、ぽたりと店の床に落ちた。
 血が甘く香った時、真紅の薔薇がふわっと咲いた。蔦だけだったはずの鎌が、艶(あで)やかな薔薇を咲かせたのだ。いくつもの薔薇が誇らしげに、美しく妖しくその姿を店主の目の前で綻ばせる。
「綺麗でしょう?血を受けて魂を刈る時に、この薔薇はもっと大きな花を咲かせます。これを一度貴方に見てもらいたいです」
 うっとりとしたアンリの顔を、店主はじっと見据えて、そのままお茶を飲んだ。
「あの子の魂は綺麗でしょうねぇ」
「あの子?」
 思わず、アンリを睨みつけて店主は言葉を返す。
「ノエル、でしたっけ?それと、もう一人・・・」
「いい加減にしないと怒りますよ」
 店主の周りに冷たい空気がまとわりつき、ふわりと、後ろで結った髪の毛が踊った。それに店中の品々が一斉にざわめきたった。店主は微動だにしていないが、しかしその細身の体からは底知れぬ力が沸き上がり、棚や入り口の戸、古い町屋自体が軋み、そして照明がちらちらと揺れる。
「そんなに怒らないでください。だいたい僕じゃなかったらあの子は今頃もう回収されてますよ?」
 アンリはわずかばかり慌てた様子で笑う、この男相手にやりすぎたとでも言うように。
「確かに、お前でなければ私の知らない所でノエルはいなくなっていたでしょうね」
「そうですよ。少しは僕に感謝してくれましたか?」
 にっこりと、あどけない顔でアンリは店主を見る。
「少しは、感謝しましたよ。ですが結局のところは、お前のすることに変わりはないのでしょう」
「それはまぁ…確かに。僕はこれでも最高神に次ぐ立場の者ですから、見て見ぬふりはできません」
「私も、この状況を見て見ぬふりはできませんよ。あの子たちにはノエルが必要ですし、私もノエルが大切です」
 店主の言葉にアンリはその青紫の瞳を見開いた。
「なんですか。その顔は」
 店主は憮然とした顔で言う。
「…いや。貴方がそんなことを言うとは思いもしませんでした。誰かを大切などと…」
 本当に信じられないというように、ふるふると首を振るアンリを見て店主は呆れ返った。
「お前は本当に失礼な子ですね。私だって大事なものくらいありますよ」
「へぇ…他にはないんですか?」
 アンリが興味を隠さず身を乗り出すように店主の顔を見た。
「あってもお前に話す必要を感じません」
「…あーぁ、せっかく貴方の弱みを握れるチャンスかと思ったのに」
 整った眉間に皺を寄せて、アンリは呟いた。しかしすぐに立ち上がり、やや仰々しく思えるほどのお辞儀をして、艶やかな笑みを見せる。
「では、そろそろ失礼しますね。僕はまだ諦めてもいませんし、目的は果たしますから」
 にっこりと、最後は幼さの香る笑顔で店を去っていった。
 店主は、大きな溜息をついて、ふと店の品たちに視線を走らせる。それから、長い睫毛に陰を落とされた目を細めてくつくつと笑った。
「そんなに怯えないでください。もう怒ってませんから。それに、先程は貴方がたに怒ったのではないくらい分かるでしょう?」
 穏やかな店主の声に、古めかしい者たちが一斉に安堵の溜息をつく。それがおかしくて店主は珍しく声を出して笑った。
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