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死神の愛を。 (4)

「ノエル?どこですか?」
 店主は少女の名前を呼びながら、書斎の奥にある納戸を覗き込んだ。
「じいじ、こっちだよ」
 棚の向こうから可愛らしい声が聞こえる。
「何をしてるんですか?」
 床に座り込むノエルに合わせるように、長身の店主もしゃがみこんだ。薄暗い納戸の中で、ノエルは小さな陶器の人形を箱から出して遊んでいたらしい。

 アンリが店主の元に現れてから三週間ほど。ノエルの周りでは、怪我や事故に巻き込まれる寸前の出来事が頻発している。両親であるシエルたちが常に警戒していることと、アンリ自身がそれほど過激な方法でノエルに対して仕掛けてこないせいか、未然に防ぎきれていることが多く、ノエルも精神的には落ち着いている。
 今日は日曜日なのだが、やはり妊娠していた凛子の調子が悪く、シエルもはずせない用事があるとかで、ノエルは聖堂に預けられる形でここにいる。

「ここで遊んではいけませんと言ってあったのに」
 店主が優しく明るい茶色の髪の毛を撫でると、ノエルはくすぐったそうに笑って、大きな目で店主を見上げた。
「だってこの子が寂しいって言うから」
「え?」
 ノエルが陶器の人形を指差して言う。その人形は紫色のトルコ桔梗を持った、羽の生えた妖精の姿をしており、中には古い者が宿っている。昔たくさんいたはずの、シエルのかつての仲間。シエルのように愛情と信頼の妖精ではないが、優しさと希望を持つ、人間の心が汚れきった今では、かなり少なくなった種類の妖精。そしてこの納戸は、店には置ききれない不思議なものたちが収納されている所だった。
「ノエルには、声が聞こえるのですか?」
「うん。聞こえるよ。この子だけじゃなくて、他の声も。あ、時々だけど動物の声も。レイとはたまに喋るよ。ね?レイ」
 ノエルと一緒に遊びに来ていたレイが、ノエルの隣でちょこんと座っており、話しかけられてワンと返事をした。
「それはいつからですか?」
 店主が聞くと、ノエルはその可愛らしい顔をうーんとしかめて、にこっと笑う。
「よく分かんないけど、去年はもうしっかり聞こえてた。…これってだめな事なの?」
 真剣な顔をする店主に不安を感じたのか、ノエルはおどおどとした様子で目の前の男を見た。
「大丈夫ですよ。でも、これはパパとママは知っているのですか?」
「知らないと思う。おうちじゃそんなに聞こえないし、レイとも寝る前に少し話したりするくらいだから。でも、ここはすごくいろんな声が聞こえるね」
 無邪気に笑うノエルに、店主は苦笑して、その顔を見つめた。
「ここには不思議なものがたくさんありますからねぇ。ノエルのその力のことは、じいじとノエルだけの秘密にしてくれますか?」
 「秘密」と言う言葉が気に入ったのか、ノエルは満面の笑みで店主に向かって大きく頷いた。その笑顔に、店主も笑って返し、そのままノエルを抱き上げて店に戻った。
「ノエル、散歩にでも行きましょうか?」
「でもじいじはお店があるんでしょう?」
「かまいませんよ。どうせ暇な店ですから」
「じゃあ、行きたい」
「では、おにぎりでも作りましょうか」
「本当?じいじありがとうっ」
 ぎゅっと首元に抱きつかれて、思ったより力の強いノエルに店主は軽くむせながら、散歩の準備を始める。
 店の中の古い者たちが店主の口から、「おにぎり」などという単語が飛び出したことに驚いた様子が、店主にも伝わってくる。
 本当に、私がそんなことを思いつくなんて…一番驚いてるのは私ですよ。
 喉の奥で笑いながら、店主は器用におにぎりをいくつか作り、水筒にお茶を入れる。それをひとまとめにして頒布素材のシンプルな鞄に入れると、帽子をかぶり、レイのリードを持ったノエルに向かって微笑んだ。
「さ、行きましょうか」
 手早く店じまいをして、暖簾を店の中に引き込む。それを見たノエルが突然店主に問いかける。
「どうしてじいじのおみせは『ひじりどう』ってお名前なの?」
「お店の名前ですか?それは大切な人の名前から頂いたのですよ」
 戸締りを確認してノエルに振り返る店主が言う。それにノエルはにこっと笑って
「私の大切は人は、パパとママと、じいじだよ。あ、あとお友達も」
 と、淡い緑色の瞳に純粋な色を見せて言った。
 どことなく似てますね、あの子に。
 心の中で、古く穏やかな記憶が揺るやかに蘇る。店主は綺麗な唇をほころばせてノエルの手を繋いだ。
「じいじまで大切だと言ってくれて、ありがとうございます。私もノエルたちが大切ですよ」
 その言葉に嬉しそうに笑ったノエルは、小さな手で店主の大きな手をきゅっと握った。
 春の風が二人を間を通り抜ける。石畳の古い町並みにも、うららかな季節が来て、店主は空を見上げた。歩幅の小さなノエルに合わせ、特別急ぐ必要もないのでゆっくりと路地を歩く。普段あまり外に出ない店主には、この空気が穏やかで癒されるものに感じた。
 のんびりと、歩いてたどり着いたのは、近所でも桜の綺麗な公園だった。もう満開を過ぎて後は散るだけとなった桜たちが、風にはらはらと小さな花びらたちを解き放っていた。
 ノエルはレイをつれ花びらを追いかけるように走り回る。小柄だがなかなか良く動く活発な子だ。明るい茶色の髪の毛がノエルの動きに合わせて軽やかに舞い、楽しげに細められる緑色の瞳が愛らしい。
 店主は、近くの長いすに腰を書け、その様子を眺めて口元を穏やかに緩ませていた
 一見すると、ハーフの女の子にしか見えない。しかし、正直先ほどの納戸での出来事は店主も驚いている。
 シエルを妖精から人間に変えたとき、妖精の持つ能力は封印したはずだ。だがノエルのあの不思議な力は明らかに普通ではないだろう。霊感と呼ばれるものの力が強いと言えばそこまでなのかもしれないが、やはりシエルの子だと思うと気にかかる。
 小さいうちは人間でも、目に見えないものが見えたりすることもあるのだから、もしかしたらその類かも知れませんしね…シエルたちにはもう少し様子を見てから話しましょうか。
 一人考えにふけりながら、お茶を口にする。ノエルは店主の座る長いすのすぐそばにある滑り台で遊んでいた。
 青い滑り台はまだ新しく、綺麗だ。それを何度も上っては、レイを抱いたまま滑る少女を、店主はニコニコとして見ていた。レイは少々迷惑そうな顔をしており、ちらりと店主を見ては助けてくれと言っているようだ。
「レイ、私の代わりにノエルと遊んであげてくださいね」
 その言葉にレイが明らかにむっとした顔をした。それがおかしくて店主はクスクスと笑う。
「じいじ、もう少ししたらおにぎり食べたいっ」
 滑り台の上からノエルが声をかけてくる。
「いつでもかまいませんよ。私はここにいますから」
 ノエルを見上げる店主は、春の陽射しが逆光になって思わず目を細める。ノエルの姿がぼんやりとして見えた。
 その時、何か奇妙な音がした。メキメキと何かが裂けるような音。聞いたこともないような音に、店主の顔がふと真剣になり、耳を澄ました。
 その音は、ノエルの方から聞こえてきた。次第に大きくなっていく音と、傾いていくノエルの姿。滑り台がなぜか根元から持ち上がり、上に立っていたノエルが手すりにつかまりながら店主を呼ぶ。
「ノエルッ」
 立ち上がった店主が両手から光を放ち、ノエルの小さな体をそれで救い上げるようにしたのと、滑り台が完全に倒れたのはほぼ同時だった。


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