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死神の愛を。 (6)

「ノエルうぅぅぅっ」
 何とも情けない顔で、ノエルを迎えに来たシエルに店主は苦笑する。
 夜になり、父親のシエルは取るものも取らず、一目散に聖堂へとやって来た。
「お前はいつまでも変わりませんねぇ。もっとしっかりとした顔をすれば良いのに。顔は綺麗なんですから」
 さらりとひどいことを言いながら、書斎の来客用の椅子に座ってノエルを抱きしめるシエルにお茶を出す。
「そう言いますが、僕は心配だったんですよ。ノエルがご主人に変な事されていないか」
 シエルに対する、普段の店主の行いを考えれば、それも無理もない。しかしその言葉に店主は眉根を寄せる。
「失礼にもほどがありますね。本当に、アンリといいお前といい…最近の若い者は年上に対する礼儀を知らなさ過ぎです。なんでしたら私が教えて差し上げましょうか?」
 自分もシエルのすぐそばに座る。そのままシエルに視線を流して、綺麗な目元を意味ありげに、とても楽しそうに細めると、シエルは慌ててぶんぶんと首を横に振る。それを見たノエルは、父親に抱かれながら困った顔になった。
「パパとじいじは仲が悪いの?じいじは優しいよ。今日も助けてくれたもん」
「助けてくれた?」
 ノエルの言ったことが理解できないシエルは、青磁色の瞳を困惑させて首を傾げた。
 今日の昼間にあった事をシエルに話す。当然シエルは顔を青くさせて驚いた。
「アンリって人は、どうしてもノエルが生きるのが許せないんですね」
 沈みきったシエルの声に、店主は小さく頷く。
「でも、何とかなりますよ。しなければいけませんしね」
 ふと、店主は明るい声を出した。そして整った顔に笑みを浮かべ、シエルの頭を撫でる。昔妖精だった時のように。
「…どうして、ご主人は僕にそこまでしてくれるのですか?」
 プラチナブロンドの前髪から覗く青磁色の瞳が、店主を見つめる。純粋な瞳はノエルと同じ心だ。
「さて、どうしてでしょうね」
「僕を人間にしたり、ノエルを守ってくれたり…他の者にはしないことをしてくれます。それが時々気になるんです」
 シエルの真剣なまなざしを受けた店主は穏やかに笑って、手に持っていたお茶に視線を落とした。
「そうですね。お前には、私のようになってもらいたくなかったからです」
「ご主人のように、ですか?」
「はい。私はたくさんの人を見送ってきました。これからもそれは変わらないでしょう。みんな大切で、かけがけない人たちです。……ですが、中でも、大切な人がいました」
 昔を懐かしむような声に、シエルは小さく驚いた。
 聖堂の店主は謎に包まれている。どこから来たのか、何をしていたのかもまるで分からない。いつも穏やかに笑って、そしてとてつもなく怖い。自分の心を隠して、ここに来る人間に品を売る。シエルも、長い間ここで過ごして、凛子に出会ったことで自分が大きく変わった。それは店主のおかげで、とても感謝していた。
「その人は人間だったのですか?」
 シエルが問うと、店主はにっこりと笑った。
「とても可愛らしい方でした。私のことを受け入れてくれて、そばにいてくれました。しかし今のように寿命が長かったわけではないので、ほんの数年一緒にいただけでしたけどね」
 青い髪飾りの、穢れない瞳の少女が、笑って自分の名前を呼ぶのが幸せだった。店主に看取られ、最後まで笑顔だった少女が常世に旅立ったとき、初めて自分が死ねないことを恨んだ。この体から、魂を切り離して、彼女を。
 聖(きよ)を追いかけたいと思った。
 しかし、いくら不思議な力があっても、自分の命を操ることはできない。怪我を治し病気を癒すことはできても、根源の命は、龍神と呼ばれた自分ですらどうすることもできなかった。このまま、とてもゆっくりと老いて行き、体が朽ち果てても、意識だけはそこに残るのだろうと店主は考えていた。
 自分は常世になどいけないと。
「ですから、私はお前を受け入れてくれた凛子さんと、人生をともにして欲しいと思ったのです」
 いつにもまして優しい笑顔の店主がシエルを見る。
「ご主人は…一体なんなのですか?僕も、この店にいる他の者も、ご主人のことは全く分かりません」
「私ですか?ちょっと長生きで意地悪な聖堂の店主ですよ」
 そう言った店主に向かって、シエルの膝の上で黙っていたノエルが、両手を広げて抱きついてきた。
「私は、じいじのことが大好きだよ」
 小さな重みを長い腕で受け止めた店主は、目を細めてノエルを抱き受けると、幼い笑顔を見つめ、
「私も、ノエルが大好きですよ」
 店主の中に残る聖と、同じ目をした少女の髪を撫でながら、クスリと笑って返事をした。


 夜もすっかり更けた頃、店主は書斎でうたた寝をしていた。夢を見ているようで、見ていない不可思議な感覚の中、男にしては細く白い首筋に、冷たいものが触れてその瞼を上げる。
「私を殺しに来ましたか?」
 長い睫毛の影が落ちる目を、楽しそうに細めて見上げた先に、あの美しい死神がいた。
 青白い顔に極上の笑みを浮かべて店主を見下ろす。昼間、店主が弾き飛ばした薔薇の蔦が絡む冷酷な刃を、店主の首にあてがいながら、喉の奥でくつくつと笑っていた。
「貴方を殺すなんてできないですよ。僕は神殺しの大罪を負いたくはありませんから」
 スッと鎌を店主から離して、アンリは店主の前を数歩離れた。店主によって斬られた黒衣も、体に負った傷も消えているようだ。
「私はもう神ではありません。それに、元々龍は神などではないですしね。人間が勝手に決めたことです」
 無理な体勢でうつらうつらとしていたせいか、首が痛む。立ち上がりながら、それをほぐすように店主が数回頭を横に振ると、結っていない店主の艶やかな髪がさらりと揺れて、薄暗い照明に柔らかく照らされた。
「あれだけの存在でありながら神でないとは言わせませんよ。特に貴方は龍神としてとても優れていたじゃありませんか」
「そうでしょうか?今の黄龍もなかなかだと聞きますよ」
「…その情報をどこから手に入れているのか…そこがもうおかしいです。人間に紛れて長すぎる時間が経ったのに、貴方を慕う者がまだいるのですね」
「暇な老人に話をしに来るだけですよ。…お茶、飲みますか?」
 全く老人に見えない、若く端正な容姿の店主は、自分の分を入れてアンリにも声をかける。
「頂きます。貴方のお茶は美味しいですから」
 妙に血色の良い唇に笑みを浮かべて、アンリは来客用としておいてある柔らかな椅子に腰を下ろした。そして、また店主の仕草を見ながら声をかけた。
「もう諦めてくれると助かるのですが、だめですか?」
「何をです?」
「妖精と人間のハーフですよ」
 その言い方に、店主の眉が潜められる。アンリはその顔を見てくすくす笑った。どうにも店主を煽りたくてたまらないようだ。
「種族の違う者同士が交配するのは、さすがに神の考えに沿うものでないでしょう。まぁ、貴方がだれかれ構わずそんなことをするとも思いませんが…前例を作ることすら許されません」
「お前の言い分も分かりますが、既に生まれたものをどうしろというのですか?だいたいシエルはもう妖精ではありませんよ」
 店主が置いたお茶に、軽く頭を下げたアンリが、ふむ、と少し考えて言葉を返す。
「では、貴方が責任を取りますか?」
 その顔は無邪気で、何かを狂わせるよう愛らしさを持っている。
「責任?私が代わりに死ねばいいのですか?」
 できるならしても良かった。もうそれこそ、気が狂いそうなほどの時間を過ごしてきたのだから。
「そうじゃありません。貴方は死ねない、それは僕でも分かっていることですからね。…たとえば、身代わりを出すとか」
「は?」
 店主が珍しく、素っ頓狂な声を上げた。それがおかしくてアンリは思わず吹き出した。白い手で、同じ色をした顔を覆いながら、盛大に笑っている。それを店主は忌々しげに睨む。
「お前の言動にいちいち腹が立つのは、私の心が狭いせいでしょうか。今無性にお前を懲らしめてやりたいですよ」
 これでもかと、眉間に皺を寄せてお茶を口にする店主を、アンリはやっと笑いを治めて見つめた。
「あなたのことが大好きだから、僕は少し意地悪な反応をしてしまうのです。貴方を慕う気持ちに免じて、許してはくれませんか?」
「男性から慕われても嬉しくありませんがね。……で?身代わりとはなんですか?」
「そうですね、あの子のことをとても愛して、大事にしている者の魂を代わりに差し出せば、その気持ちを汲んで許してあげても良いですよってことです」
 にやりと笑うアンリは、お茶を飲んで「美味しいですね」と、わざとらしく言った。 その端正な顔を見据えて、店主は黙り込んだ。
 ノエルを愛して大事に思う者。脳裏に浮かぶのは、二人しかいなかった。
「馬鹿げてますね」
 大きな溜息をついて、アンリの提案を蹴る。そして自分の中に浮かんだ人物のことも消した。
 ノエルを世界で一番愛してるあの二人に、そんな話ができるものか。もちろん、話せば親として喜んでそれを受け入れるだろう。でもそれでは結局ノエルは幸せではない。親子三人、また増えるであろう家族全員で一緒にいてこそ、誰もが幸せなのだから。
「あれ?結構良い話だと思ったのですがだめですか?」
 のんきな声を上げたアンリに、店主は小さな光を放った。それはアンリの耳たぶ付近を掠め、黒に近い青の髪の毛が一房、はらりと落ちた。
「あー!何するんですかっ」
 アンリがあっけに取られた後、店主を睨む。
「お前があんまりにもふざけたことを言うからです。もう今日は帰りなさい。私は眠たいのですよ」
「僕にもあの子くらい優しくしてくれればいいのに」
「なんですか?」
「いーえ、何でもありません。…では、また来ますね」
 アンリはにっこりと、あどけない笑顔で店主に言うと、影に飲まれるように消えていった。
 一人になった店主は再び大きな溜息をつき、残っていたお茶を、店主らしからぬ所作で一気に飲んだ。 
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