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死神の愛を。 (11)

 店主の腕の中で人間になったレイは、とても穏やかな顔で目を閉じている。
 そのレイを大切そうに抱きながら、店主は切ない表情で、何度か大きな呼吸を繰り返した後、そっと言葉を紡いだ。それは御霊を体という入れ物から切り離して、アンリへと差し出すための言葉。
 店主は長い間生きてきて、それなりに命を奪ったこともあった。でもそれは今回のような状況ではなくて、災いをもたらす者であったり、奪われて当然のことをした者への報いだったりした。何もしていない者の命を、その体から取り出すこと自体が初めてで、店主は戸惑いを隠しきれない。
 それでも、レイが望むのなら。
 そう思って言葉を紡ぐ。
「そんな貴方の苦しそうな顔、初めて見ました…」
 アンリもさすがに店主の気持ちを考えると、神妙な顔つきで事の成り行きを見守る。
 アンリの知っている店主は、常に余裕の笑みを浮かべて、そ知らぬ顔で黒いことを考えながらも、最後には相手にとって良いように事態を仕向けてやる人物だ。今の今まで、怒ったことはあっても、苦しむ顔は見たことがなかった。
 店主の紡ぐ言葉の海に飲まれたレイは、ふわふわと、まさしく漂っているような感覚に落ちていた。苦しくも痛くもなく、それどころか心地良いとさえ思える波間を漂い、意識が体から離れるのを感じる。
 そんな中、思い出すのは、楽しかったシエルや凛子、ノエルとの思い出と、最後に見たシエルの泣き顔。
 店主と話をした次の日、レイはシエルにだけその思いを告げた。店主に力を貸してもらい、直接シエルの心に語りかけたのだ。当然シエルも反対をしたが、レイの固い決心は変わらず、シエルは泣きながらレイを抱きしめて何度も何度も謝った。それだけで、レイの心はとてつもなく満たされた。こんなに愛してくれている人達の役に立てるなら、それほど嬉しいことはなかった。
 死への恐怖は、元からない。
 あるのはシエルたちへの感謝だけ。少しずつ、体から開放されていく自分を、レイはとても誇らしい気持ちで受け止めた。
 店主の腕の中で、次第に弱まっていくレイの呼吸、緩やかに穏やかに、呼吸は少しづつ浅くなり、体の最期の生理的な反応として、呼吸をしようと顎が動き、吸えない空気を追いかける。やがて、それすらもなくなり、指も体も、瞼すら動かなくなった。レイの体の、全ての機能が止まった。
「レイ、ありがとうございます」
 店主は最後に呟いて、動かない体をギュッと抱きしめた。
 アンリは無言で立ち上がり、その綺麗な瞳で大きな鎌をじっと見つめ、そのまま店主の腕の中に視線を流すと、言葉を紡いで冷淡な刃を横から大きく振るった。風と共に店主の頭上を掠めたそれは、レイの体から赤い液体のようなものを放出させ、大輪の真っ赤な薔薇をいくつも咲かせる。それはとても綺麗で妖艶で、青白い端正な顔に似合っていた。
 レイから放出されたその赤が、空中で一点に集まり、丸い虹色の塊に変わる。きらきらと輝きながら集まるその姿は、息を飲むほどのきらびやかさを見せた。
 アンリが次に紡いだ言葉に招かれるように、そっと白く細い掌に乗った。重さなど感じさせないその虹色を見て、アンリは静かに言う。
「この子はとても綺麗な魂ですね。ここまで綺麗なものはめったにありませんよ。次は幸せになれるように、僕からお話を付けておきますね」
 珍しく褒めることをしたアンリに、店主はやさしげな目で見てうなずく。
「そうして差し上げてください。この子は本当に良い子でしたから」
「そのようですね」
 アンリは、既に店主の言葉で消えかかっているレイの体を見つめて、少しだけ眉根を寄せて切ない表情になった。
「ほんっと。死神って損」
「はい?」
 突然アンリが言った言葉に、店主はレイから顔を上げてその白い顔を見上げた。
「だって僕は奪う立場で、感謝されることないじゃないですか」
 むくれたような顔は、悲しそうにも見えて、店主はふとやさしい笑顔を見せた。
「でも、お前のような者がいなければ、この世に迷う者がたくさん出てしまいます。御霊を預かる大事な仕事なのですよ。お前は神なのだから、そんなことを思う必要なありません。お前が常世に案内した魂が、転生するなんて素敵なことじゃありませんか」
 レイに視線を移しながら、店主は薄くなった頬を撫でた。何も反応を示さないレイを名残惜しそうに何度も撫でる。
 アンリはまさか店主がそんなことを言うとは思わず、ぽかんとした顔になっている。そしてその蒼紫色の瞳に、泣きそうな色を滲ませて、店主に頭を下げると、そのままレイの魂を手にして闇に消えた。
 店主は一人残された薄暗い書斎で、レイが完全に消えてしまうまで、身じろぎ一つせずただ黙って見送った。
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