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聖堂、ある日の日常。~死神の愛を。番外編~

「それで?どうしてそんなに機嫌が悪いのですか?」
 紫の暖簾が、秋の風に心地よくなびくのを、指定席である自分の椅子から眺めながら、店主は言った。
「……………」
「私のことも無視ですか」
 返事をしない相手を苦笑しつつも優しく見つめて、長い指で後ろに結った髪の毛の後れ毛をそっと上げた。
「私は悪くない」
 ぼそりと、少女は呟いた。淡い緑色の瞳で、むくれたように店主を見た。長い足を投げ出すようにして椅子に腰を下ろしている少女は、明るい茶色の髪の毛をくるくるを遊びなが店内を見渡した。
「それは私には分かりませんが、喧嘩になるということは何かお互いにあったということですよね」
「それは、そうだけど…」
「私には言えないことですか?」
 ふわりと微笑んだ店主だが、その目はからかうようなものも含んでおり、
「じいじ絶対笑うもん。だから言いたくない」
 と、ノエルはプッと頬を膨らませて拗ねた。その顔は小さいときから何一つ変わらない幼いもので、店主は思わず吹き出した。
「そこで笑われると本当に言いたくないっ」
 真っ赤な顔で怒るノエルに対して、店主はクスクス笑い、それから少女の柔らかな髪を撫でる。その感触が大好きなノエルは、怒っているのも忘れふわりと目を細めて微笑んだ。
「申し訳ありません。あなたがいつまでも変わらなくて、私は安心しました。決して馬鹿にしたりからかっているわけではないのですよ」
 細い指で、ノエルの額に落ちる髪を整え店主は笑む。優しい目元が更にふんわりとして、見慣れているノエルでさえハッとするくらい綺麗だった。
 ノエルは、小さく溜息をついて、自分の足元に視線を移す。長い足はすらりとしていて形もよく、白く滑らかな肌をしている。
「分かってる。私のやきもちだって…でも酷いこと言っちゃって。…どうしたらいいの?」
「分かっているなら、何を悩むのですか?一言謝れば、許してくれますよ」
 店主の言葉に、ノエルは顔を上げて眉間に皺を寄せる。淡い緑色の目を不安そうに揺らせてじっと目の前の男を見つめた。
「許してくれなかったら?」
「許してくれないはずがありません。だってノエルのことが大好きなのですよ、彼は。その証拠に……ほら」
 にこやかに笑い、店主は暖簾の揺れる店先に視線を移した。ノエルもそれにつられるように暖簾を見ていると、さしたる間もなく、一人の少年が現れた。
 黒髪に黒い瞳、濃い紺色のブレザー姿の、優しげで、なかなか整った顔の少年は、遠慮がちに店の中に入って来てノエルを見つけると、その顔をほころばせて小さく名前を読んだ。
 ノエルはまさか彼がここまでくるとは思っていなかったようで、面食らった顔で少年を見つめていたが、やがてその頬を赤く染めて、店主を見た。店主はいたずらが成功したと喜ぶ子供のような顔で笑って、ノエルを立ち上がらせる。
「私からの贈り物です。喧嘩は長引くと余計拗れますからね。さっさと仲直りしてしまうに限ります」
 どこでどんな方法を取ったのかは、ノエルにはまるで分からない。しかし、生まれたときからこの男の世話になっているノエルには、男が不思議な力を持っているのは知っているし、今更驚くことでもないだろうと思えてきた。
「さぁ、話してきなさい。私のところなんかに来るより、しっかり向かい合ってお互いを知ることのほうが大切ですからね。ここには、暇なときにでもおいでなさい。その時はちゃんとお茶も入れてお相手して差し上げます」
 店主の言葉に、ノエルは小さくうなずいて、少年の元へ歩みより、それから聖堂を出て行った。
 少年は店主の方を見て、深く、礼儀正しく頭を下げてノエルの後を追いかけた。
「なかなか良い少年ですねぇ。これはノエルの見る目が良いという事でしょうかね」
 店主は一人、ニコニコとしながら店の中をゆっくりと歩く。そして、一つの店の中の者に語りかけられ、小さく笑った。
「ノエルに特別な男の子ができて寂しいですかって?…そうですね。じいじだけではなくなったのは寂しいですが、それも成長ですからね。若い人たちの育つ姿は美しいじゃないですか。だから、私は喜んでいますよ」
 にっこりと、その端正な顔に笑みを浮かべて、すっかり成長したノエルのことを考える。
「もう高校生ですから、お付き合いする男の子の一人や二人、いてもおかしくないでしょう。近頃ますます美人になりましたしね」
 思い出せば、あどけない顔のノエルも、店主の中にいる。それはふわふわした思い出の中で温かく、店主の顔をほころばせた。
「ですが、自分の年を考えすにはいられません…あ、私がいくつなのかは教えませんからね」
 ニヤッと、店の中を見渡して、聞き耳を立てていた古い者たちに言った。言われた側の者たちは、店主の年など、考えただけで恐ろしいほどだと思った。自分達よりもはるかに永い時を生きてきているこの男に、適うものなどいない。
「さて、 私はお茶でも飲みましょうか」
 明るい声で言った店主は、新しいお茶を手に入れたことを思い出して、いそいそと準備をするのだった。


 おわり
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