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恋文 (1)

「黄金色の愛情」の本編と短編の続きです。
不思議な力を持つ祈祷師のコウと、コウを慕って共に人生を歩く事を決めた聖(きよ)のお話です。なんでもない日常の話ですが、ほのぼのとした二人を知っていただければ幸いです。

*******************

「先生、おはようございまず」
 優しい、可愛らしい声が鼓膜に届き、コウはふと瞼を震わせる。長い睫毛がゆっくりと持ち上がり、やや明るい茶色の瞳が空を見つめた。
 柔らかい日差しが入り込む部屋の中。その光の中に愛らしい笑みを浮かべる少女を見つけた。
「聖(きよ)?」
「はい」
 コウの声に、聖は一層愛らしさを増して微笑んだ。長い三つ編みに青い髪飾りの少女は、純粋な愛情をその大きな瞳に湛えて、起きたばかりのコウを見つめている。
「…朝ですか?」
「そうですよ。食事の準備が出来ましたので起こしに来ました」
 食事、と言われて、ふんわりと漂うおいしそうな匂いに改めて気付く。コウはゆっくりと起き上がり、顔や肩にかかる長くて艶のある髪の毛をかき上げた。
「そうですか、ありがとうございます」
 にっこりと笑って聖を見ると、それだけで少女はたまらなく嬉しそうに笑った。

 
 海辺の小さな集落に二人で引っ越したのが昨日。今日から本格的に生活が始まる。
 いつもなら誰かの気配でぐっすりと眠れないコウも、聖の気配なら安心できるのか、そして引越しをしたこともあって疲れていたのか、聖の動く気配にも気付かないほどに眠ってしまっていたようだ。
 着替えて井戸の水で顔を洗うと、離れた場所に海が見える。キラキラと太陽を反射する青に、コウはふと顔を綻ばせて、それから家の中に入った。
 あまり料理が上手ではないと言っていた聖ではあるが、コウの為にと頑張ったあとは良く見て取れた。少し焦げた魚でさえも可愛らしく思える自分に、コウは思わず笑いを零す。
「先生?なぜ笑っているのですか?」
 膳を前に笑うコウに、聖はきょとんとしてその大きな瞳で見つめてくる。
「いえ。おいしそうだと思ったのですよ。私のためにありがとうございます」
「先生のお口に合えばいいのですが。本当に料理は苦手なんです」
 俯き加減に聖は言う。まるで裁きを受けるような、緊張感と共に零れる言葉にコウはふるふるを首を振った。
「苦手でもこうして作ってくださる気持ちが嬉しいのですよ。それによほどの事がなければ食べられない事もありません。あなたはまだまだ童なのですから、これからしっかりと教えて差し上げます」
「また…」
「はい?」
「また童と仰いましたね」
 頬をプッと膨らませた聖が上目遣いにコウを睨む。その顔が童そのものだ。
「そんな事言いましたか?聞き間違いではありませんか?」
 にやにやと、意地の悪い顔でコウが言うと、聖はますますむくれて大きな瞳が不満げに伏せられる。
「私が先生より子供なのは仕方がありませんが、少しでもいいので大人として認めてください。もう18なのですから」
「18など、私からすれば童どころか赤子です」
「…ひどい」
 コウの言葉に聖は前を丸くしてポツリと呟いた。しかしコウはそれに優しい笑みを浮かべて付け足す。
「ですが、そんなあなたが可愛らしくて好きですよ」
 穏やかな光を纏う茶色の瞳が聖の中に温かな感情を与える。一瞬泣きそうな顔でコウを見つめた聖は愛らしく微笑んで、顔を赤らめた。
 そんな素直な反応も、童ですがね。
 心の中で呟いて、コウは聖の作った朝食をとり始めた。綺麗な所作で食べるコウを見て、聖はこんな穏やかな時間がコウと持てることを感謝して、自分も箸を取った。


 コウは自宅で村人達の病に癒しを施し、悩みを聞き、必要があればその家に出向くと言う形で生計を立てることとした。不思議な力のあるこの見目麗しい男の下に、既に話を聞いた者が何人かやってくる。穏やかで柔和な雰囲気のコウに人々はあっという間に心を許し、話を聞いてもらったり、実際に癒しを受けて感心する。聖の集落でもそうであったが、本当に人の心の中に入るのが自然で早いコウの話は、昼を過ぎる頃には広まって行ったようだ。
 昼食を済ませた頃、一人の女性がコウを尋ねてきた。
 長くて艶のある黒髪の、やや涼しいげな印象をもたらす青みを帯びたような黒い瞳の女性は、コウを見て微笑んだ。背の高い綺麗なその女性に、コウの傍にいた聖も思わず見とれた。自分とはまるで反対の、大人の女性だったせいもあるのかもしれない。
「どうかなさいましたか?」
 コウの優しい笑顔が女性に向けられると、その瞳は細められる。艶やかという言葉がよく似合う、長い睫毛が陽射しで影を落とした美しい瞳。そのまま女性は縁側に腰を下ろして、コウに話を始めた。
「少し前からしこりが出来て、それがなんなのか気になるのです。もしよろしければ診て頂けたらと…」
 俯き加減のその姿に、なんともいえない色香が漂う。女の聖でさえドキッとするほどだ。
「それは心配ですね。では拝見させていただきます。どこに出来ているのですか?」
 コウが尋ねると、女性は少しだけ言いにくそうに、細い手で胸元を示した。
「ここなんですが……さすがにここでは恥ずかしいです」
「確かにその場所ならここでは無理ですね」
 コウは聖を振り返り問いかける。
「聖、少し障子を閉めて頂けますか?」
「あ、はい」
 言われるままに開けていた全ての障子を閉める。コウは女性を部屋の中に上がるように促して自分も奥の部屋に入った。
「こうすれば少しましではありませんか?見せて頂かなければ何とも言えませんので、恥ずかしいかもしれませんが、胸元を拝見させてください」
 コウが穏やかな口調で言うと、女性はすこしだけ躊躇う様子はあるものの、胸元に手を持っていき、着物の合わせを寛げた。張りのある胸が露になり、右胸の外側あたりを示して説明をした。コウが細い手で確認すると、確かにしこりは存在した。
 聖の見守る前で、女性と話をしながらコウはそのしこりの対して癒しを施す。軽い熱を感じさせる光を掌から溢れさせて少しすると、コウはにっこりと微笑んで女性に説明をした。
「悪い気配は感じませんでしたが、治しておきましたので心配は要らないかと思います。もしまたできるような事があれば、いつでもお越しください」
 にっこりと笑ったコウに、女性は深々と頭を下げて、ふと傍にいた聖に視線を移した。
「お弟子さんですか?」
「え?」
 いきなり言われた言葉に聖は言葉を続けられなかった。それにコウが代わりに答える。
「いいえ。この子は私の大切な子です」
 恥ずかしげもなくあっさりと言ったコウに、聖は一瞬で顔が真っ赤になるほどに照れてしまった。一方女性は艶やかな目を見開いて、それから聖に頭を下げる。
「失礼な事を言ってしまってごめんなさい。あまりにも可愛いお嬢さんだったもので。先生の奥様でしたか」
「可愛らしいでしょう?私とはかなり年が離れておりますもので、そう思われても仕方ないのですが…」
 苦笑するコウはちらりと聖を見て、柔らかく微笑んだ。その瞳には愛情が湛えられている。それに聖は少しだけぎこちなく笑った。
 女性に悪気はあった訳ではないのは理解できる。しかしなんだか似合っていないと言われたような気分になってしまった。コウ自身もよく聖を童とからかうが、それも少し気になっていたのもあるのかもしれない。
 女性が何度も頭を下げて帰っていく姿を見送りながら、聖は複雑な思いを抱えていた。
 もっと、先生に似合う大人になりたい。
 そう思って、隣に立ち、女性を見送るコウの整った顔を見つめた。
 
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