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友人、恋人、下僕、お好きにどうぞ。 (6)

シエルは見つめていた。一枚のハガキを。
 少し前に、凜子の元に届いたそのハガキは、同窓会というものの案内らしい。
 凜子はそのハガキを捨てるわけではなく、ただ、パソコンのそばに置いている。
 時々それを眺めては、悲しそうな顔をしているのをシエルは見てきた。
 一体、このハガキに何を思うところがあるんだろう。



「シエル、何してるの?」
 お風呂上りのいい香りに包まれた凜子が部屋に戻ってきた。
 ぼんやりとハガキを眺めていたシエルは我に返り、ニコッと笑った。
「あ、お風呂終わったんですね」
 でも、凜子は何も言わない。いつもならお茶をしようと誘ってくれるのに。
「それ…気になる?」
 静かな凜子の声にシエルは言葉に詰まる。
「気になるよね…捨てもせずにずっと置いてるし」
 濡れた髪の毛をタオルで拭きながら凜子はベッドに腰かけた。上気した頬が凜子に艶を与えている。でも、表情はないに近い。
「私が育った所はね、人の少ない田舎なの。誰もが顔見知りなくらい。子供からお年寄りまで、みーんな」
 立ち上がり、凜子はハガキを手に取った。届いた日以来触れるそれは、ひどくかさついて感じた。
「友達も変わり映えしない、風景も。そんな場所で私は大きくなったんだよ。普通に。こんなひねくれてなかったし」
「そんな、ひねくれてなんかいませんよ」
「ありがと。…でも周りはそんな風に思ってないよ。田舎のみんなも。でね、私、友達を死なせたの」
 あんまりにも軽く凜子はそれを口にしたので、シエルは一瞬何を言われたか理解できなかった。
 そんなシエルの様子を、凜子は優しい目で見ている。
「私ね、ずっと好きな子がいたの。同い年の子で、仲もよかったんだ。私とは比べ物にならない位良い子で、周りからも期待されてて……最初は憧れてたって言い方の方が正確かな」
 凜子に家の近所に住む男の子は、人見知りな凜子をいつも遊んでくれて、優しかった。
 親の言うことをよく聞く子、成績もよく、活発で明るい子。
 もう一人、凜子には仲のいい女の子がいた。その子も家が近くて、三人でよく遊んでいた。
「優(ゆう)くんと、夏輝(なつき)と、三人で遊ぶのが一番楽しかった…」
 幼いころから大人しく、感情を伝えるのが苦手だった凜子は、親すらも何を考えているのか理解するのに困難だった。でも、その親同志も仲が良くなくて、世間体だけを考えて離婚しないような親なのだが…。
 良く言えば物静かで手のかからない子、悪く言えば何を考えているか分からない薄気味悪い子、そんな凜子だったが、三人でいるときは素直に笑えるようになっていく。
 大きくなっていくうちに、凜子は優に恋心を抱くようになり、また夏輝も、優に凜子と同様の感情を抱いていく。
 でも、凜子は優とどうにかなりたい訳ではなかった。三人でいることの方が凜子にとっては大切だったからだ。
「で、高校三年生になった頃だったかな?夏輝と優くんが付き合いだしてね、私は二人の邪魔したくなくて距離を取るようになったの。だって嫌でしょ?気を遣われるのも、その反対も」
 凜子は再び周りから浮いていく。高校は地元から一番近い所に夏輝と一緒に通っていた。優は違う進学校に通い、凜子は優と会うこともなくなっていた。
 だから知らなかった、夏輝と優の関係が悪くなっていたことも。
 優のすべてを自分のものにしたいと思う夏輝の気持ちが歪んだ感情を生み出してしまったようで、二人は心がすれ違い始めていく。
 一度合わなくなった歯車は戻ることはなく、大学進学で地元を離れることにした優が夏輝に別れを告げる。でも夏輝は同意せず、ますます泥沼になってしまった。
 そして、別れ話が夏輝をさらに追い詰めた。
 夏輝は決まっていた大学を蹴って浪人してでも、優と同じ大学に通うとまで言いだし聞かなかった。
 そこまで行くとさすがに優も怖さを感じるようになる。好きだのなんだのと言う気持ちはもはやない。
 そこで引き合いに出されたのは凜子だった。優は凜子が就職で地元を離れることを知っていた。
 別れたいがために、優は自分が好きなのは実は凜子だったのだと、夏輝に言ったらしい。それが本当かは今はもう分からない。ただそのバカげた発言で夏輝は壊れてしまった。
 元々、激しい気性だった夏輝は、思い込むと突き進む性格だった。そして凜子の知らないところで事態は進み、夏輝は自殺した。
 優を殺した後に、そのまま首をつって。
 凜子への恨みをつらつらと何枚もの紙に書き残した夏輝と、凜子を言い訳に使った優はこの世からいなくなってしまった。
「その後はもう大変…小さい町だから、あっという間に話は広がって」
 淡々と、時には笑って話す凜子の姿は痛々しかった。
 凜子は当然周りから好奇の目で見られ、責められた。誰に何を言っても信じてもらえず、親すらも凜子を責めた。
 凜子も最初は誤解を解こうとしていたが、死んだ人間の言葉ほど威力のあるものはなかった。夏輝の親に罵られ、叩かれた。優の親にも。
 何日も何も食べられない日が続き、気持ちが死んでいく。泣きたくても涙も出なくなった頃に、凜子はようやく何もかも期待しないということで心を保つことを学んだ。家に閉じこもり、すべての事から目を反らし、耳を塞いだ。感情を出さないことは元から得意だった。
 学校なんかに行けるわけもなかった。夏輝の友人たちに見つかり、廊下で掴みかかられ罵声を浴びせられたし、誰もが凜子を避けた。
 凜子は当時の記憶はあまりない。ただ覚えてるのは恐ろしいほどの憎悪と嫌悪と罵声、それから煙突の煙。
 そして、凜子は卒業式の前に地元を離れ、今に至る。
「……ってことなの。だから、私には必要ないハガキなんだよね」
 ヒラヒラとハガキを揺らして、そのままゴミ箱にぽとんと落とした。
「それって…」
「え?」
「それって、姫は、関係ないじゃないですか…」
 シエルの目に涙が溢れる。自分が泣いても仕方ないことなのに、抑えることができない。
 きっと泣きたいのは凜子だ。そう思えば思うほど、シエルの涙は止まらない。
 目を真っ赤にして大粒の涙を流して泣くシエルを、凜子はそっと両手に包むようにして抱きしめた。
「シエル…確かに私は関係なかったのかもしれないけど、関係ないようにしたのは、私なの。自分が優くんのこと好きで、夏輝と優くんを見てるのが辛かったから距離を置いた。でも、もし私が二人と一緒にいたら、少しは違ったのかなって思ったりするよ。今更なんだけどね」
 親指で、シエルの小さな涙の後を拭う。シエルはその指に頬を摺り寄せてきた。
 温かくて柔らかい感触が心地いい、凜子もシエルもお互いがそう思った。
「ねぇ、シエル。新しいご主人様探そうか」
「…………」
 シエルは目を見開き凜子を見つめた。何を言っているか分からない。どうなったらこの展開になるのか、凜子は何を言いだしたんだ?
「私はシエルに笑ってもらえるような人間じゃないし、誰のことも信用できない。まだ、どこかシエルのことも信用できてないの。こんなに私に笑いかけてくれるのに…ごめんね。だから、私じゃなくて、もっとほかの人ならシエルを愛してくれるよ」
 シエルの笑顔が大好きだ。笑顔以外にも、シエルのことを好きな要素はたくさんある。
 でも、心から信用できないことが、凜子は悲しかった。シエルが無上の愛情で接してくれればくれるほど、凜子の心の奥の警鐘が鳴りやまなくなる。
 シエルと一緒にいる小さな癒しや幸せが、嬉しくて、怖くなる。それが爆発したら、シエルを傷つける。
「なんで、そんなことを言うんですかぁ…僕が嫌いですか?」
「嫌いなわけないよ」
 むしろ大好きだよ。
「じゃあどうして?」
 凜子はそれ以上は何も言わずただ微笑んだ。
 泣いてるようにも笑っているようにも見えるその顔が、シエルには涙で見えなかった。
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