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友人、恋人、下僕、お好きにどうぞ。 (9) 最終話

「これで、私も一安心ですね」
 店主はお茶を一口飲んでそう言った。
「安心?」
 シエルが首を傾げると、ニヤッと笑って店主は言葉を放った。
「お前を焼かなくてよくなりました」
「ひぃっ!」
 シエルの白い顔が一気に青くなる。
「…冗談ですよ」
「絶対…冗談じゃないですよ、その顔」
「おや?私の顔に見惚れましたか?」
「違う意味で…」
「それはありがとうございます」
 物凄い爽やかな笑顔の店主は、思い出したかのように言う。
「そうそう、シエルの気持ちも代弁してあげたから、それも感謝してくださいね」
 気持ち?
 凜子もシエルも一瞬考える。それから、シエルはボッと音が出そうな勢いで顔を真っ赤に染めた。
「あ…あ…あれ…あああぁぁあぁぁあぁぁっ!!!!!」
 頭を抱えて転げまわるシエルに、店主は口を押えて笑いを堪え、凜子はじわじわと顔が赤くなるのを止められなかった。
「ななな、なんで…僕の気持ちがばれたんですか!?いつ!?どのタイミングでっ!?」
 烈火のごとく詰め寄るシエルを軽くあしらって男は鼻で笑う。
「私を誰だと思っているんですか?お前の考え位お見通しです」
 そしてまた、すましてお茶を飲んだ。
 恥ずかしさのあまり、シエルがまともに凜子を見てくれないので、凜子も気まずくて顔を背けた。その様子を面白そうに眺めていた店主が凜子に問う。
「シエルの使用方法は決まりましたか?」
「は?使用方法?」
「最初にも言いましたが、貴女のお望みのままに、この子を使ってやって下さい。メイドでも、恋人でも、家族でも下僕でも。因みに私は玩具か下僕がお勧めですが…」
「なんてことを言うんですか!!!」
 店主はどうしてもシエルをいじりたくて仕方ないようだ。憤慨するシエルの首根っこを摑まえてぶら下げ、「なかなか素敵でしょう?」と微笑む。
 凜子は素直に自分の気持ちを言葉にしてみようと思った。
 誰かに気持ちを伝えるなんて長い間してなかったからできるのだろうか。そんなくだらないことが頭をよぎる。それでも、声が小さくなりながら、そっと言葉にしてみた。
「私は………が、良いです」
「はい?」
「シエルと…恋人や家族になりたい……です」
 真っ赤になって俯く凜子に、シエルは目を見開き、店主はほおっと感心したように声を上げた。
「今まで、こんなにシエルを思ってくれた方はいませんでした。良かったですね」
 先ほどまでの無体な振る舞いなどなかったように男は優しくシエルに微笑み、その柔らかい髪を撫でた。
「それと、私は今日はすこぶる上機嫌です。だから贈り物をしましょう」
 スッと立ち上がった店主は、シエルを手のひらに乗せ、少し高く腕を上げる。
 そして、目を閉じて神経を集中させるように深呼吸をする。
 凜子もシエルも、事の成り行きを見守るしかなかった。
 店主の長い睫毛がふわっと動き、目が開かれる。唇がわずかに動き、何かを呟いた。
「わっ!!」
 瞬間、シエルがビクッと体を強張らせた。
「なに、これ」
「シエル?」
 凜子の目の前でシエルは光の塊となって空に浮いた。
 男の呟く言葉がシエルを変化させていく、やがてシエルは…。
「あ、あれ…」
 大きくなっていた。
「あの、これはどういうことですか?」
 贈り物?凜子は首を傾げて店主とシエルを交互に見た。
 大きいシエルはいつもと同じに見える。姿かたち、全く変わっていない。勿論シエルも同感だと言うように首を傾げている。
「私の贈り物は、人間のシエルです」
 ……………………。
 ……………。
 ……。
「えええええぇぇぇっ!!!」
 ニコニコと笑う店主の前で、凜子とシエルは店の外にまで聞こえるんじゃないかという位の声を上げた。
「僕が、人間に?嘘…。人間…?」
 自分の手や体を見下ろしてシエルは何度も同じ言葉を繰り返している。本人には何も自覚はないらしい。本人に自覚がないなら、凜子などもっとない。
「もうシエルはお役御免という訳です。だいたい、これ以上私の店で売れないお前を管理するのも嫌ですしね」
 言葉とは裏腹に、店主のシエルを見る目は優しい。
「もうこれで、返品交換はできなくなりましたよ」
 凜子にも同様に笑いかける。
 シエルが人間になったってことは、この先、同じ時間を分かち合っていけるということ。
 同じ感覚で物を見て、感じて過ごしていける。
 こんな素敵なプレゼントは他にない。
 嬉しくて涙が出るってことを、凜子は生まれて初めて知った。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
 凜子が深々と頭を下げると、男もそれにならって頭を下げた。
「姫、僕にできることがあればなんでも言って下さいね。僕は貴女とずっと一緒にいますから」
 人間になっても、シエルの笑顔は何も変わらない。
 花がそこに咲いている。
「じゃあ、凜子って呼んで。それから、シエルの口から、ちゃんと気持ちを聞かせて」
 凜子はいっぱい伝えたいことがあった。でも、この二つの事だけでシエルの顔が真っ赤になって困り果てたものになったので、それ以上言うのはやめた。
 焦らなくてもいい、シエルとは一緒にいるんだから。

 ふと気づくと、凜子の指からシエルの指輪が消えていた。
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